2026年8月13日、DeepSeekが 「DeepSeek Harness」 を公開した。AIにコードを読ませ、コマンドを実行させ、ファイルを直させる——その一連の作業を仕切る土台のソフトウェアで、MITライセンスの無料公開だ。公開から1日でGitHubのスターは6万を超えた[1]。
ただし同じ日に、DeepSeekはもう1つ告知している。APIの新料金だ。こちらは8月16日から適用で、内容は値上げになる。
道具は無料で配られ、燃料は高くなった。この記事では、その道具を実際に手元で動かして、①何ができたか ②1回の作業でトークンがどこに消えるか ③新料金で何がどう変わるか ④使う前に見ておくべきところ、の4点を実測値で見ていく。
01 何が配られたのか——モデルではなく「土台」
「ハーネス」は聞き慣れない言葉なので先に一行で言う。AIモデルそのものではなく、モデルに道具を持たせて仕事を最後までやらせる側のソフトのことだ。ファイルを読む、コマンドを打つ、やることリストを管理する、危ない操作の前に人に聞く——このあたりを担当する。
DeepSeek Harness(コマンド名 dsh)は、それをまるごとオープンソースにしたものだ。報道では「Claude Codeの対抗」と紹介されているが、DeepSeek自身はそう名乗ってはいない。公式がREADMEで強調しているのは別の一点で、「すべてがプラグイン」という構造のほうだ。
インストールはNode.jsがあれば1行で、npx @deepseek-ai/dsh web を叩くとローカルにWeb UIが立ち上がる。手元(macOS・Node.js 22)では初回90秒ほどで http://127.0.0.1:3080 が開いた。同時に、DeepSeekの旗艦モデル DeepSeek-V4-Proも正式版(GA)になった。4月のプレビュー公開から約4か月ぶりで、公式が挙げた変更は3つ——エージェント性能の強化、思考の深さを low / high / max から選べるようにしたこと、そしてOpenAIのResponses APIにそのまま対応したことだ[2]。
「どのモデルが強いか」より「どの土台に乗せるか」で成果が変わる、という話は以前も扱った。今回はその土台そのものが、無料で手に入る形で出てきたことになる。
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02 実際に動かしたら、14ステップで終わった
道具の紹介は「動かしてみた」まで行かないと意味が薄い。検証用に、わざとバグを入れたPythonファイルを1つ置いた。add(a, b) という足し算の関数が、中身は return a - b(引き算)になっている。指示は日本語で一文だけ——「calc.py を読んでバグを指摘し、python3 で現在の挙動を確認したうえで修正してください」。
結果は1ターン・14ステップ・25秒で完了した。途中の動きは全部画面に出る。まず目標(Goal)を自分で作り、やることリストを4件立て、ファイルを探して読み、python3 で現状を再現して 4 という誤った答えを確認し、修正し、もう一度実行して検証まで済ませた。出てきた答えは「バグは add(a, b) が加算ではなく減算していた点です」。ディスク上のファイルも実際に書き換わっていた。
注目したいのは、直す前に現状を実行して確かめ、直した後にもう一度実行しているところだ。これは指示に書いていない。ハーネスが「実行できる道具」を渡しているので、モデルが自分で証拠を取りに行ける。賢さの差ではなく、道具の差でこうなる。
03 請求書は「会話」ではなく「道具の説明書」で決まる
ここが、この記事でいちばん持ち帰ってほしいところだ。上の作業1回ぶんのトークンを、内訳まで実測した。
| 項目 | 実測値 |
|---|---|
| 入力トークン合計 | 91,479 |
| └ うち新規に読ませた分 | 42 |
| └ うちキャッシュから読んだ分 | 84,194 |
| └ うちキャッシュに書いた分 | 7,243 |
| 出力トークン | 941 |
| キャッシュヒット率 | 92% |
「たった1つの関数を直す」作業で、入力が9万トークンを超えている。ではその9万は何かというと、ほぼ同じものを14回読み直しているのだ。1ステップぶんの中身を開くと、こうなっていた。
会話は1,258トークンしかない。ファイルを読む道具、コマンドを打つ道具、やることリストの道具……それぞれの説明が、ステップのたびにモデルへ渡される。だからAIエージェントの費用を下げる手は、「賢いモデルをやめる」より先に持たせる道具を減らすほうにある。そしてキャッシュが効くかどうかで請求額が一桁変わる(今回は92%がキャッシュ経由だった)。
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04 同じ日に告知された、8月16日からの新料金
無料の道具の話の裏で、燃料の値段が動いた。DeepSeekの公式告知はこう書かれている——「オフピーク料金はピーク料金より50%安く、より柔軟に作業を割り当てられるようになります」。得をする話に読める。ところが現在の料金表と並べると、見え方が変わる[3]。
| DeepSeek-V4-Pro(100万トークンあたり) | 現在 | 8/16〜 オフピーク | 8/16〜 ピーク |
|---|---|---|---|
| 入力(キャッシュヒット) | $0.003625 | $0.022 | $0.044 |
| 入力(キャッシュミス) | $0.435 | $0.66 | $1.32 |
| 出力 | $0.87 | $1.98 | $3.96 |
安いほうのオフピークですら、今より高い。出力単価で見ると、オフピークで約2.3倍、ピークで約4.6倍になる。「50%オフ」はピーク価格に対しての話であって、今日の価格に対してではない。
そして、ピーク帯の時間がもう1つの論点になる。
02の作業(入力91,479・出力941トークン)を新料金で概算すると、ピーク帯で1回あたり約1.7セント、現在の料金なら約0.4セント——同じ作業が約4倍になる計算だ(CAG試算・キャッシュ書き込み分をミス扱いとした概算[6])。1回なら誤差でも、エージェントを常時走らせる使い方では効いてくる。
05 「すべてがプラグイン」はどこまで本当か
READMEの一行は "Everything is a Plugin."(すべてがプラグイン)。これは検証できる。dsh --profile web --dump-config を叩くと、起動時に組み上がる構成がそのまま出てくる。手元で数えたところ、プラグインの行は129行(うち25行は無効化された状態)だった。
中身を見ると、モデルとの接続、エージェントの本体ループ、承認ポリシー、ファイル操作……に加えて、サイドバー・テーマ・設定画面といった画面の部品まで1行ずつのプラグインとして並んでいる。つまり「差し替えられる」の対象に、自分がいま見ている画面が入っている。公式ドキュメントも「パッチを当てる特権的なコアは存在しない」と書いていて、拡張とは横に1枚足すことだと説明している。
もっとも、その土台はDeepSeekの発明ではない。dsh が乗っているのは Cordis という別のオープンソース(2022年5月開始・MIT・スター2,337)で、リポジトリ内に取り込む形で使われている[4]。設計論文まで別に公開されている。新しいのはハーネスであって、プラグイン機構そのものには4年ぶんの蓄積がある、という関係だ。
06 権限は3段階、ただし「聞かれない範囲」がある
業務で使うなら、ここが本題になる。権限モードは3段階用意されていて、既定は真ん中だった。
そのうえで、02の作業では承認を求めるダイアログが一度も出なかった。コマンドの実行もファイルの書き換えもだ。設定は「承認を求める」になっているのに、なぜか。
答えは、閉じ込めのほうが先に効いているから。macOSではOS標準の仕組みでプロセスを閉じ込め、Workspace Write は「作業フォルダと一時領域への書き込みを許す」という意味になる。許された範囲で完結する操作は、そもそも承認の対象にならない。人に聞きにくるのは、境界を越えるときだけだ。
ここで実務上いちばん大事な但し書きを、公式ドキュメントが自分で書いている。「ネットワークとプロセスの可視性は、この語彙の外」——つまりファイルの範囲を絞っても、通信は止まらない。
作業フォルダの登録が、OSのフォルダ選択ダイアログ経由になっているのも同じ思想に見える。どこを触らせるかの入口には、必ず人の手が1回入る。
鍵の扱いも細かい。設定ファイルに書くのは鍵の値ではなく環境変数の名前で、公式は「このファイルに秘密は入らない」と明記している。参照先が空だったときも、たまたま環境にある別の鍵で認証を通したりせずエラーで落とすという選び方をしている。子プロセスに渡す環境変数からは KEY SECRET TOKEN PASSWORD を含む名前を落とす、という設計メモもある。
なお実測として、DeepSeekの鍵は1つも登録せずに動かせた。OpenAIやAnthropicなどのモデルが最初から選択肢に入っていて、今回はOpenAIのGPT-5.6 Terraで最後まで完走している。DeepSeekのハーネスを、DeepSeek以外のモデルで使うのは想定内の使い方だ。
07 使う前に確認しておく4点
良さそうに見えても、今日の段階では次の4つを踏まえたほうがいい。
①まだ開発者向けプレビュー。READMEに「互換性を壊す変更が入ります」と大文字で書いてある。起動して最初に出る告知でも「0.1版はテスト段階」「コアの部品と基礎APIは今後急速に変わる見込み」と説明される。本番業務の土台に据える段階ではない。
②コードの提案は受け付けていない。6万を超えるスターが付いた無料公開だが、CONTRIBUTING.md には外部からのプルリクエストは現時点で受け付けられないと明記されている。代わりに勧められているのは「プラグインを作って共有すること」で、公式リポジトリは「指示ではなく、見本」と書かれている。オープンソース=共同開発、とは限らない。
③画面は中国語と英語のみ。言語設定の選択肢は2つで、既定は中国語。日本語はない。社内で非エンジニアに触ってもらう用途だと、ここは素直に効いてくる。
④燃料代は別。道具はMITで無料だが、動かすモデルの料金は別勘定で、そのモデルの単価は今週上がる(04参照)。「無料のツールが出た」で予算を立てると外す。
触ってみる前のチェックリスト
- 触らせるフォルダを1つ決めた(既定では、その中なら書き換えられる)
- そのフォルダの外に出る操作が起きたとき、誰が承認するかを決めた
- 通信は閉じ込めの対象外であることを、関係者が理解している
- 使うモデルの単価と、1タスクあたりの想定トークン量を出した(今回の実測では、小さな修正1件で入力9万トークン)
私たちも受託の現場で同じ土台をいくつか使い分けているが、費用の差が出るのはモデルの選定より持たせる道具と承認の置き方だった。無料で全部入りの土台が出てきたことより、その中身を開いて数えられるようになったことのほうが、たぶん効いてくる。
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参考・出典
- GitHub deepseek-ai/deepseek-harness(リポジトリ作成 2026-08-13 11:56 UTC・MITライセンス)。スター66,366/フォーク5,610は2026年8月14日13時(JST)時点でCAGがGitHub APIで実測した値。約1時間前の計測では62,793だったため、閲覧時点ではさらに増えている可能性が高い。
- DeepSeek API Docs DeepSeek-V4-Pro GA Release(2026年8月13日)。
- DeepSeek API Docs Models & Pricing(2026年8月14日時点)。新料金は2026年8月16日16:00 UTC適用と明記。ピーク帯は01:00–04:00/06:00–10:00 UTC(日本時間10:00–13:00/15:00–19:00)。
- GitHub cordiverse/cordis(2022年5月17日作成・MIT・スター2,337/2026年8月14日実測)。
- 本文中の実行結果・トークン数・プラグインの行数・権限設定は、すべてCAGが手元のmacOS(Node.js 22)で
npx @deepseek-ai/dsh webを起動して実測したもの。モデルはOpenAIのGPT-5.6 Terraを使用(DeepSeekのAPIキーは未登録)。公表されているベンチマークの再現検証は行っていない。 - 費用の概算はCAGの試算であり、DeepSeekが公表した金額ではない。キャッシュ書き込み分をキャッシュミス単価で計算している。









