制作の仕事で、いちばん最初に、いちばん時間が溶けるのが「ヒアリング」です。何を作りたいのか、お店の情報は、素材は、納期は——それを聞き出して、整理して、抜けを埋める。毎回ゼロから、往復のメールで。
私たちは、この工程をAIに任せる仕組みを作りました。名前は「御用聞きAI」。お客さまは短いフォームに答えるだけ。するとそのままAIとの会話に切り替わり、GoogleマップのURLからお店の情報を確かめ、参考サイトや素材を集め、最後は「要件の揃った実装指示」を自動で書き出します。いまは私たち自身と、パートナーのLP制作会社が、本番の受注業務で使っています。
作ってみて分かったのは、この手のAIで効くのは「賢く喋らせること」ではない、ということでした。効いたのは会話の"状態"の設計——たとえば、お客さまの「はい」を、いつ・何に対する「はい」として扱うか。ここを雑に作ると、間違った情報が"確認済み"の顔をして残ります。
この記事では、①何を作ったか ②ヒアリングがなぜ難しいか ③本番で効いた設計判断(特に「はい」の扱い)④その結果、を順に書きます。専門用語は都度かみくだきます。導入先の企業名・サービス名・担当者名は伏せた匿名ケーススタディです。
01何を作ったか ──フォーム1枚が、実装指示になるまで
御用聞きAIは、受注業務の「入口から実装の一歩手前まで」を一本につなぎます。流れはこうです。
- フォーム:お店・サービスのこと、要望、連絡先を数項目。答えやすい順に並べ、連絡先は最後にしました。
- AI会話へ切替:送信すると、その内容を読んだAIが会話を始めます。足りない要件を、雑談のように埋めていきます。
- 店舗情報の自動確認:GoogleマップのURLを貼ると、店名・住所・電話・営業時間を取得し、会話で「この情報で合っていますか?」と確かめて確定します。
- 素材集め:参考サイト、ロゴ、写真などをその場でアップロード。会話履歴に残ります。
- 実装指示の自動生成:必須が揃うと、実装担当(人+AI)がそのまま着手できる指示書を書き出します。
- 人が引き継ぐ:料金や難しい判断は、AIが抱え込まずに人へエスカレーションします(HITL=最終判断は人間)。
「AIチャットを置きました」で終わる話ではありません。フォーム・会話・外部データ照合・素材・成果物生成・人への引き継ぎを、ひとつの流れとして設計したのが、この制作の中身です。
02なぜ「ヒアリング」は、こんなに難しいのか
発注する側も、受ける側も、ヒアリングでつまずく理由ははっきりしています。
受ける側は、毎回ゼロから同じことを聞き、聞き漏らすと後で手戻りになります。素材はなかなか集まらず、メールの往復で数日が溶けます。発注する側は、そもそも何を伝えればいいのか分からない。フォームは冷たくて、途中で面倒になって離脱します。
「じゃあAIチャットにすれば?」と思いますが、ここに落とし穴があります。会話をAIにさせると、今度は「言った・言わない」が起きる。AIが要件を取りこぼす。さらに厄介なのは、AIが取りこぼしたことに、誰も気づかないことです。人間同士なら「あれ、その話しましたっけ?」と拾えますが、AIは平然と会話を進めてしまいます。
だから難しさの本質は、「AIをどれだけ賢く喋らせるか」ではありません。会話の中で確定した事実を、どう間違いなく積み上げるか——地味ですが、ここが全部です。以降は、本番で実際にぶつかって直した設計判断を3つ紹介します。
03フォームの送信後を、無反応にしない
最初の一手は、地味ですが離脱に直結します。送信ボタンを押した後の"待ち時間"です。
当初の実装は、送信処理の中で「店舗情報の取得」と「AIの最初の一言の生成」まで同期で終わらせてから画面を返していました。結果、送信から次の画面まで10秒以上、無反応。ここで多くの人が離脱します。フォームの文言をどう直しても、この沈黙は埋まりません。
直し方は、重い処理を送信から切り離すことです。送信は「会話の入れ物を作るだけ」に縮小し(実測1.7秒で遷移)、店舗情報の取得とAIの一言は、遷移した先で「入力内容を読んでいます…」と動きを見せながらストリーミング表示します。案内メールも、送信処理を待たせず後追いで送ります(=離脱した人にも届く)。
離脱の主因は、文言ではなく"無反応な沈黙"でした。 待たせるなら、せめて動きを見せる。ここは、AIうんぬんより手前のUX設計の話です。
04GoogleマップのURLから、店の情報を「確かめて」確定する
次の一手です。ヒアリングで毎回聞く「店名・住所・電話・営業時間」は、GoogleマップのURLを1本もらえれば機械で取れます。Googleの Places API(お店の情報を取得するAPI)に問い合わせて、構造化された店舗情報にします。
ただし、ここには二重の罠がありました。ひとつは、お客さまが「URLが分かりません」と書いたとき。この文章をそのまま検索APIに渡すと、Places検索は"必ず何か1件返す"性質があるため、まったく無関係な海外の店舗を「確認済みの情報」として提示してしまいました。直し方は、AIが抽出した値が入力内に実在するかを検証し、地域が一致するかまで確かめるガードレールを噛ませること。「分からない」は「分からない」として扱います。
もうひとつが、より根深い問題でした。次の章で詳しく書きます。いずれにせよ、外部データは「取得して終わり」にしない。取ってきた情報を、会話で「これで合っていますか?」と本人に確認して初めて確定します。この一手間が、後工程の事故を止めます。
05「はい」を、文脈に結びつける ──誤りが"確認済み"に化ける前に
これが、この制作でいちばん効いた設計判断です。
本番で、こんな報告が上がってきました。「正しい店名と住所を送っているのに、AIが電話番号も営業時間も取ってこない」。最初は「Places APIの取得失敗だろう」と考えました。ところが、本番の会話ログとデータベースを突き合わせて分かった真因は、まったく別のところにありました。
流れはこうです。お客さまが最初に誤った店名を入力→AIが候補を提示→お客さまが「違います」→ところが、その否定で候補が捨てられていなかった。その後の会話で、お客さまが別の文脈で言った何気ない「はい」を、システムが「さっきの誤った候補への承認」として食べてしまった。結果、間違った店が「確認済み」に昇格し、以降どの処理も「これは本人が確認した正しい情報だ」として扱いました。誤りが"確認済み"の顔をして居座り、監視にも掛からない——いちばん質の悪い壊れ方です。
根っこは、「はい」を文脈なしで拾っていたことです。会話AIで「はい/いいえ」を判定するなら、必ず「何に対するはいか」を紐づけないといけない。直した設計はこうです。
- 直前のAIの発言が候補を提示していたときだけ、確認の判定をする。
- 返事を「肯定/否定/どちらでもない」の3値で扱う。関係ない「はい」は確認として食べない。
- 「違います」は候補を破棄し、「もう提示しない店」のリストに積む(同じ間違いを繰り返さない)。
- 確定するまでは、新しい入力が来たら検索し直して上書きする。
一般化すると、外部から情報を取り込む会話には「入れる経路」だけでなく「消す経路」を必ず作る、ということです。訂正を受け付けない状態機械は、ユーザーから見ると「AIがちゃんと調べてくれない」という、まったく別の症状に化けます。本番の会話ログとDBを突き合わせ、誤って確定していた1件を修復しました。
06集めた会話を、そのまま「実装指示」に変える
ヒアリングのゴールは、会話を楽しむことではなく、実装が始められる状態を作ることです。御用聞きAIは、必須項目が揃うと、集めた会話・店舗情報・素材から、実装担当がそのまま着手できる指示書(Markdown)を自動で書き出します。人が議事録を清書する工程が、まるごと消えます。
そして、AIが抱え込まない線引きも設計に入れています。料金や、要件の重い判断は、AIが勝手に答えずに人へエスカレーションする(HITL=Human-in-the-Loop、最終判断は人間)。「AIに一次対応させ、難しいところは人が引き継ぐ」——この線引きを先に決めておくことが、AIを業務に載せる前提になります。この考え方は、このサイトの受注チャットAIでも同じです。
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07まとめ ──「ヒアリングの型」を、資産にする
御用聞きAIは、私たちの内製ツールとして始まり、いまはパートナーのLP制作会社が本番の受注業務で使う外販プロダクトになりました。新しい導入先も、設定を1枚書けば数分で立ち上がります。作ったのは単発のチャットボットではなく、「ヒアリングの型」そのものです。
この制作から持ち帰れる3点
- AIチャットの勝負は"賢さ"より"状態設計"。 確定した事実をどう間違いなく積むか。「はい」は文脈に紐づける。
- 外部データは取って終わりにしない。 会話で確認して確定し、「消す経路(否定=破棄)」を必ず作る。
- AIに一次対応、難しいところは人へ。 線引き(HITL)を先に決める。
ヒアリングは、どんな受注業務にも必ずあります。そこをAIに任せられれば、人は「作ること」と「判断すること」に集中できます。私たちが実装と検証で毎回いちばん時間を使うのも、モデルの賢さより、この線引きの設計のほうです。
出典・注記
- 本記事は電脳技巧集団(AI職人ギルド)自身の制作・本番運用に基づく匿名ケーススタディです。導入先の企業名・サービス名・担当者名は伏せています。
- 「Places API」はGoogleが提供する店舗情報の取得API。実装内容・数値(送信〜遷移の約1.7秒、送信後の10秒以上の無反応など)は自社計測・自社実装に基づきます。
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