新しいAIモデルの発表というと、期待するのは「どれだけ賢くなったか」です。ところが今回Googleが前面に出したのは、どれだけ少なく済むかでした。
2026年7月21日、GoogleがGeminiの新モデルを3つ発表しました[1]。Gemini 3.6 Flash、Gemini 3.5 Flash-Lite、Gemini 3.5 Flash Cyberの3つです。主力の3.6 Flashは性能を上げながら、同じ仕事に使う出力トークン(AIが書き出す文字の量。料金の単位)が17%少なくなり、そのうえ価格そのものも下がりました。
この記事で分かること——①発表された3つのモデルの違いと価格 ②なぜ「使うトークンが減った」がニュースなのか ③2つのモデルを役割で分けて使う考え方 ④一般には提供されないFlash Cyberという例外 ⑤使う前に知っておきたい3つの注意点。本文の数値はすべてGoogleの公式発表と、そこで引用されている第三者の測定に基づくもので、電脳技巧集団が自ら検証したものではありません。
01何が発表されたか ──3つのモデルと、1つの例外
まず全体像です。3つ同時に出ましたが、3つ目は誰でも使えるわけではないので、分けて考えたほうが混乱しません。
| モデル | 位置づけ | 入力単価 | 出力単価 | 今日から使えるか |
|---|---|---|---|---|
| Gemini 3.6 Flash | 主力。コーディング・知識作業・マルチモーダル全般 | $1.50 / 100万トークン | $7.50 / 100万トークン | 使える |
| Gemini 3.5 Flash-Lite | 3.5系で最速・最も低コスト。大量処理向け | $0.30 / 100万トークン | $2.50 / 100万トークン | 使える |
| Gemini 3.5 Flash Cyber | 脆弱性の発見・修正に特化 | 非公開 | 非公開 | 不可(政府・信頼できるパートナー限定) |
3.6 Flashと3.5 Flash-Liteは、発表当日からGemini API(Google AI StudioおよびAndroid Studio)、企業向けのGemini Enterprise、一般向けのGeminiアプリで使えます。3.6 FlashはGoogle Antigravityでも利用でき、3.5 Flash-LiteはGoogle検索にも順次展開されます[1]。
用語をふたつだけ。「マルチモーダル」は文章だけでなく画像や図表もまとめて扱えることです。「トークン」はAIが文章を処理するときの細かい単位で、料金はこの数で決まります。日本語なら1文字=1トークン前後と考えておけば、感覚として大きくは外れません。
023.6 Flash ──「賢くなった」より「使う量が減った」
新しいモデルに期待するのは、まず性能です。そこは今回も満たしています。Googleが挙げているのは、ひとつ前の3.5 Flashとの比較でこうした数字です[1]。
| ベンチマーク | 測っているもの | 3.6 Flash | 3.5 Flash |
|---|---|---|---|
| DeepSWE | ソフトウェア開発の課題解決 | 49% | 37% |
| MLE Bench | 機械学習の研究タスク | 63.9% | 49.7% |
| OSWorld-Verified | パソコンを操作して作業を終える力 | 83.0% | 78.4% |
| GDPval-AA v2 | 実務に近い知識労働 | 1421 | 1349 |
ただ、今回の発表で本当に効くのはこの表ではありません。効くのは「同じ仕事を終えるのに、書き出す量が減った」という一点です。
第三者の指標であるArtificial Analysis Indexによると、3.6 Flashが使う出力トークンは3.5 Flashより17%少ない。DeepSWEのような一部のベンチマークでは、最大で65%減という観測も出ています。さらにGoogleは、複数の手順を踏む作業で思考のステップとツール呼び出しの回数が減るとも書いています[1][2]。
なぜこれがニュースなのでしょうか。AIの料金は、使った分だけかかるからです。
AIに質問を1回するだけなら、17%の差はほとんど意味がありません。ところが、AIが自分で調べ、ファイルを開き、書き、確認し、直す——というエージェント的な使い方(人が1手ずつ指示せず、AIが手順を回していく使い方)では話が変わります。1回の作業でモデルは何十回とやりとりし、その全部に課金されるからです。
今回はここに3つが重なりました。①書き出す量が17%減り ②途中のやりとりの回数も減り ③1トークンあたりの単価も下がった。3つが同じ方向に効くので、1回の作業あたりの費用は「17%引き」より大きく下がる可能性があります。Googleが「1タスクあたりのコストを下げる」と書いているのは、この意味です[1]。
月に1回のレポート生成なら誤差です。毎日何百回と回る処理なら、そのまま毎月の請求額の差になります。
033.5 Flash-Lite ──速さと量を引き受ける下の層
もうひとつの3.5 Flash-Liteは、方向性がはっきり違います。速く、安く、大量にさばくためのモデルです[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 速度 | 毎秒350トークンを出力(Artificial Analysis計測)。3.5系で最速 |
| 価格 | 入力 $0.30 / 出力 $2.50(100万トークンあたり)。入力単価は3.6 Flashの5分の1 |
| 想定用途 | エージェントによる検索、書類処理など、件数が多く1件は軽い仕事 |
| 調整 | 「思考レベル」を切り替え、軽く速く流すか、じっくり考えさせるかを選べる |
性能も、ひとつ前の世代である3.1 Flash-Liteから大きく上がっています。
| ベンチマーク | 測っているもの | 3.5 Flash-Lite | 3.1 Flash-Lite |
|---|---|---|---|
| Terminal-Bench 2.1 | コマンド操作による作業 | 54% | 31% |
| GDM-MRCR v2 | 長い文脈の読み取り | 72.2% | 60.1% |
| GDPval-AA v2 | 実務に近いタスクの遂行 | 1140 | 642 |
さらに目を引くのは、この軽量モデルが一部の項目で上位クラスの3 Flashを上回っている点です。SWE-Bench Proで54.2%対49.6%、OSWorld-Verifiedで74.0%対65.1%[1]。安いほうが必ず劣る、とは限らなくなってきました。
04組み合わせて使う ──司令塔と実行部隊
3.6 Flashと3.5 Flash-Liteが同時に出たのは、おそらく偶然ではありません。Googleの発表には、こんな使い方が例として載っています[1]。
3.6 Flashを司令塔(master agent)として、3.5 Flash-Liteが25種類のWebデザイン案を一気に生成する。
つまり、考える仕事は上のモデル、数をこなす仕事は下のモデルという分け方です。全部を高いモデルでやる必要はありませんし、全部を安いモデルでやると品質が落ちます。あいだを取るのではなく、役割で分ける。
この「分業でコストが下がる」という話は、前日に公開されたCursorのAgent Swarmの実験報告とちょうど重なります。あちらは同じ品質を保ったまま費用が8分の1になったという内容でした。モデルを作る側とツールを作る側の両方から、同じ結論に向かっているように見えます。
関連記事 | 前日公開・分業のコスト実験Agent Swarmとは何か ──同じ品質でコストが8分の1になった、AIエージェント「分業」の実験を解説
→
私たちも記事や画像を毎日生成する処理を回していますが、この使い分けは実感として効きます。重い判断だけ上位モデルに任せ、定型の変換や要約は軽いモデルに流す。それだけで、品質を落とさずに月額がはっきり変わります。
053.5 Flash Cyber ──脆弱性を直すAI、ただし限定提供
3つ目のFlash Cyberは、性格がまったく違います。
Googleの説明はこうです。AIはすでに、いまの仕組みが直せる速度より速く、セキュリティ上の弱点(脆弱性)を見つけられるようになってしまった。見つかる速さに、修正が追いつかない。だから、見つけるだけでなく直すほうを効率化する必要がある——という問題設定です[1]。
3.5 Flash Cyberは3.5 Flashをベースに、脆弱性の発見と修正に特化して調整したモデルです。Googleのコード修復エージェント「CodeMender」の中で、複数のFlash Cyberが同時に動いて1つの報告書にまとめるという使われ方をします。ここでもやはり分業です。CyberGymというベンチマークで最前線に並ぶ性能に達している、としています[1]。
ただし、このモデルは一般には提供されません。
このテクノロジーが持つ両義性(dual-use)を踏まえ、意図的な展開方針を取っている。本モデルはCodeMender経由で、政府および信頼できるパートナーに限定して提供される。[1]
脆弱性を「見つけて直せる」道具は、裏返せば「見つけて突ける」道具でもあります。だからGoogleは、守る側に先に渡し、広い誤用は抑えるという判断をしました。新しいモデルが出たと聞くと全部使えるつもりになりがちですが、能力が高いものほど、誰に渡すかまでが設計に含まれます。今回はそれがはっきり出た例です。
06使う前に知っておきたい3つのこと
① ベンチマークは「誰と比べたか」を見る。 3.6 Flashの数字は3.5 Flashとの比較、3.5 Flash-Liteの数字は3.1 Flash-Liteとの比較で、比較相手が違います。同じ表に並べて「Flash-Liteのほうが伸び幅が大きい」と読むのは、比べ方として正しくありません。
② 17%は平均値ではなく、ある指標での観測値。 出典はArtificial Analysis Indexで、DeepSWEでの65%も「最大で」という数字です[2]。自分の使い方で同じだけ減るとは限りません。判断は、自分の処理で1週間動かして請求額を見てからで十分です。
③ この先がまだある。 Googleは同じ発表の中で、Gemini 3.5 Proがパートナーとテスト中であること、そしてGemini 4の事前学習を開始したこと(「これまでで最も野心的な学習」)を明かしています[1]。今回のFlash系は、その手前の一手という位置づけになります。
07まとめ ──選ぶ時代から、並べる時代へ
この発表の要点
- 主役は性能ではなく効率。3.6 Flashは出力トークン17%減・ツール呼び出し減・値下げが同じ方向に重なり、1回の作業あたりの費用を押し下げます。
- 3.5 Flash-Liteは速さと量の担当。入力単価は3.6 Flashの5分の1、毎秒350トークン。一部の項目では上位の3 Flashを上回ります。
- 勘所は役割で分けること。考える仕事と数をこなす仕事を、同じモデル・同じ単価で処理していないかを見直す。
- 3.5 Flash Cyberは一般提供されない。政府・信頼できるパートナー限定。能力の高さと配り方はセットで設計されています。
- 毎日回している処理があるなら、効きます。単発利用では誤差でも、常時稼働の処理では請求額の差として出ます。
賢いモデルを1つ選ぶ時代から、仕事に合ったモデルを並べる時代へ。今回の発表は、その線が引かれた1日でした。
出典・注記
- Tulsee Doshi「Introducing Gemini 3.6 Flash, 3.5 Flash-Lite, and 3.5 Flash Cyber」Google 公式ブログ、2026年7月21日公開。https://blog.google/innovation-and-ai/models-and-research/gemini-models/gemini-3-6-flash-3-5-flash-lite-3-5-flash-cyber/ 本文中のベンチマーク数値・価格・提供条件・引用はすべて同記事の記載に基づきます。電脳技巧集団による検証は行っていません。
- 出力トークン17%減および毎秒350トークンは Artificial Analysis Index、DeepSWE は Datacurve による測定として、上記公式発表内で引用されているものです。
- 価格は公式発表に記載された100万トークンあたりの米ドル建て。為替および課金条件により、実際の請求額は変動します。
電脳技巧集団(AI職人ギルド)
AIを使った開発の設計・検証を、実装まで一気通貫で行っています。「どの処理にどのモデルを置くか」の設計から相談できます。相談する









