2026年9月9日、VercelはAIエージェント開発基盤「eve」に、会話をまたいで情報を引き継ぐメモリ機能を発表しました。Vercel eveのメモリ機能を使うと、利用者の好みや仕事の前提を保存し、次の会話でAIが参照するようにできます。[1]
たとえば、毎回伝えていた「報告は結論から、専門用語は短く説明して」という好みを、次回の報告書にも生かす。顧客対応や社内アシスタントで、こうした使い方を組み込むための機能です。
ただし、何を記憶するか、誰と共有するか、いつ消すかは設定や保存方式によって変わります。この記事では、eveの基本、記憶が引き継がれる仕組み、保存方式の違い、利用者ごとの分離、訂正・削除、業務への取り入れ方を順に説明します。仕様は2026年9月28日時点の公式ドキュメントに基づきます。

01 Vercel eveのメモリ機能とは
eveは、AIに仕事をさせるアプリを開発するためのフレームワークです。フレームワークとは、アプリを組み立てる際の共通の土台のこと。AIへの指示、使わせる道具、WebチャットやSlackなどの窓口を組み合わせて、業務用のAIエージェントを作ります。ReactやNext.jsで作るWebアプリにも組み込めます。[2]
利用には、AIを呼び出すための設定と、アプリ側の開発が必要です。すでに使っているチャットサービスの設定を一つ変える、という導入方法ではありません。自社用のアシスタントや顧客対応AIを作るときに、開発担当者が選べる部品が増えたと捉えると分かりやすいでしょう。
今回の追加機能では、記憶を入れる場所を「スロット」として定義します。それぞれのスロットに、保存と取り出しを担当する仕組みと、その記憶を共有する範囲を設定します。[1]
「担当者の文章の好み」と「会社単位で使う情報」を別の場所に分ける、といった構成を考えられます。どちらに何を保存するかを決めておけば、個人の好みをそのまま会社全員のルールにしてしまうことを避けやすくなります。
02 会話が終わっても、次に引き継げる
AIエージェントの記憶を考えるときは、まず「今の会話で使う情報」と「次の会話にも持ち越す情報」を分けます。
「この文章を半分の長さにして」は、その場の作業指示です。一方、「私への週次報告は、結論・理由・次の対応の順にして」は、来週にも役立ちそうな好みです。長期記憶に向いているのは、後者のように別の会話でも参照する意味がある情報です。
eveでは、AIが返答を始める前に、保存先から記憶を取り出し、今回の会話と一緒にモデルへ渡します。会話が進んだ後の保存方法は、選んだ保存方式によって変わります。情報を外部に保存し、必要なときに読み込むことで、会話をまたぐ継続性を作る仕組みです。[3]
たとえば、社内の報告書作成AIを考えてみます。以下は仕組みを説明するための架空例です。
- 初回に「週次報告は、結論・理由・次の対応の順が読みやすい」と伝える。
- AIがその好みを記憶として保存する。
- 別の日に新しい会話を始め、「今週の報告を作って」と頼む。
- 同じ利用者の記憶が読み込まれ、保存した形式を踏まえた報告を作る。
このとき、先週の報告内容を覚えていることと、今週の売上を知っていることは別です。最新の売上や受注状況は、その都度、確認済みのデータから渡す必要があります。 記憶を使えば新しい業務データも自動で揃う、とは考えないほうがよいでしょう。
「書き方の好みは記憶」「今週の数値は業務データ」という役割分担にすると、導入する側も期待する動作を決めやすくなります。
03 何を覚えるかは、保存の仕組みで変わる
eveでは、保存と取り出しを担当する部品を「プロバイダー」と呼びます。どの方式を選ぶかによって、AIが保存する内容を選ぶのか、会話の後に自動で情報を取り込むのかが変わります。
公式が案内する選択肢には、次のようなものがあります。[3]
| 保存方式の例 | 情報を取り込む方法 | 記憶を取り出す方法 |
|---|---|---|
| 標準のファイルメモリ | AIが保存・削除の道具を呼び出す | 共有範囲ごとの短い文書を読み込む |
| Supermemory | 会話の各ターン後に自動で取り込み、AIの操作でも管理する | 保存した記憶から意味の近い情報を検索する |
| Upstash AgentKit | 既定では利用者の発言を取り込む方式。構成によってAIの操作も使う | 関連度による検索や文書形式の保存を使う |
| 独自のプロバイダー | 自社で決めた条件に従う | 自社のデータベースなどから必要な情報を取得する |
この表から分かるのは、メモリ機能の導入だけでは、保存される内容やタイミングは一つに決まらないということです。
標準のファイルメモリは、共有範囲ごとに小さな文書を持つ方式です。保存済みの各項目には識別用の番号が付き、AIが後から削除するときにも使われます。会話から情報を自動抽出する処理はなく、AIが保存・削除の道具を使って記憶を維持します。[4]
そのため、開発時には「今後も使う文章の好みを覚える」「今回だけの指示は残さない」といった方針を与え、実際に保存された内容を確認する必要があります。「覚えておいて」と言った後に、期待した情報が保存され、次の会話で使われるかまでが確認の対象です。
短いメモを継続して使う用途には、仕組みを追いやすい方式です。ただし保存量には上限があり、上限を超える書き込みは拒否されます。古い項目を自動で捨てて新しい情報を入れる動作ではないため、長く使うなら記憶を整理する運用も考えておきます。[4]

04 利用者・会社ごとに記憶を分ける
顧客対応AIでは、同じシステムを複数の会社や担当者が使います。「誰の記憶を読み込むか」は、回答を作る前に決まっていなければなりません。
eveでは、記憶を共有する範囲を「スコープ」として設定します。公式の複数顧客向けの例は、認証で確認した会社と利用者の情報を組み合わせ、その組に対応する記憶を読み書きします。会社名や利用者名をチャットに書いただけで、別の相手の記憶へ切り替える設計にはしません。[5]
たとえば、A社の担当者とB社の担当者が同じAIサービスを使っていても、確認済みのログイン情報から別々の記憶を選びます。必要な認証情報が揃わない場合は、記憶の機能を無効にできます。そのとき、全員共通の記憶へ自動的に切り替わることはありません。[5]
複数の利用者がいるサービスでは、共有範囲を次のように整理すると設計しやすくなります。これは記事としての設計例です。
| 覚えておきたいこと | 共有範囲の考え方 |
|---|---|
| 「報告は箇条書きがよい」 | 利用者本人の好みとして扱う |
| 社内で承認された略称や用語 | その会社のメンバーに共有する範囲を検討する |
| 進行中の案件で合意した前提 | その案件に参加できる人だけが参照する範囲を検討する |
保存先を自作する場合も、すべての読み書きでこの範囲を守る必要があります。たとえば検索では、最初から対象の会社・利用者に絞って探します。全社分を検索してから結果を除外する方法にしないよう、公式は求めています。[5]
もう一点、保存先の分離だけでは解決しない場面があります。同じ会話の中で相手を切り替えると、AIがすでに返答に書いた情報は、記憶の参照先を変えても取り消せません。 相手同士を厳密に分離する用途では、会話自体も分ける必要があります。[3]
05 訂正する・忘れさせるまでが運用
仕事の前提は変わります。先月は「詳しい説明がほしい」だった担当者が、今月からは「要点だけにして」と頼むこともあります。新しい好みを保存するときは、古い内容を残して両方を参照し続けないようにしたいところです。
標準のファイルメモリには保存と削除の道具があり、AIが古い項目を取り除いて、新しい内容を保存する構成にできます。読み込み済みのメモリ文書も、更新後の文書で置き換える仕組みになっています。[4]
アプリとしては、「何を変更したか」を利用者に伝え、次の会話にも反映されるかを確かめられると扱いやすくなります。記憶の確認画面や、削除を確実に実行する操作を用意することも、開発担当者と相談できる設計です。これらの画面がメモリ機能だけで自動的に用意される、という意味ではありません。
会話のリセットと、保存済みの記憶の削除は別の操作です。 公式によると、セッションをリセットする clear() を呼んでも、プロバイダーが持つ保存データは消えません。次のターンで再び読み込まれることがあります。[3]
たとえば画面の「会話を最初から」を押した利用者が、「前に伝えた好みも消えた」と受け取ると、アプリの動作との食い違いが生まれます。「会話をリセットする」「保存した記憶を削除する」という操作を分け、その違いが分かる案内にすることを勧めます。
保存期間や期限切れの処理も、選んだプロバイダー側の責任です。独自実装では、自社で保持・削除の方針を実装する必要があります。eveがあらゆる保存先の情報を共通の期限で消してくれるわけではありません。[6]
06 最初に何を覚えさせると役立つか
最初の用途には、違いが見えやすく、間違っていても直しやすい情報が向いています。報告書の順序、文章の詳しさ、よく使う用語などです。成果物を見た利用者が「その好みで合っている」と判断しやすく、修正も試せます。
一方、最新の契約金額や在庫数は、更新元の業務システムを確認する流れを保ちます。長期記憶には「どの形式で説明すると分かりやすいか」を持たせ、金額や数量の根拠はその都度取得する、と役割を決める方法です。
導入を相談するときは、次の項目を一つずつ具体化すると話が進みます。
- 記憶するもの:継続して使う好みや前提を挙げ、今回だけの指示と区別する。
- 共有する相手:本人、会社、案件のどこまでかを決め、確認済みの権限と結び付ける。
- 訂正・削除の方法:利用者が変更を頼めるようにし、処理結果を確認できる形にする。
- 確認する動作:次の会話で引き継ぐ、別の利用者には混ざらない、訂正後は新しい内容を使う、削除後は保存先から再取得されないことを確かめる。
開発時と本番環境の違いも、確認に含めます。標準の eve dev で使われる保存先はプロセス内のメモリで、そのプロセスが置き換わると内容が失われます。本番のVercelでは、設定済みの非公開Blobストレージを利用します。[4] 手元の一回の会話で覚えたように見えても、実際に運用する環境で、再起動後や別の会話でも期待どおりに動くかを確かめる必要があります。
eveのメモリ機能によって、こうした仕組みを共通の部品として組み込めるようになりました。自社のAIに持たせたいのが「報告書の好み」なら、まずその一つを保存し、引き継ぎ、訂正し、消すところまで試す。その一巡を確認してから、継続案件や会社内の知識へ広げていくと、使い手と開発担当者が同じ動作を見ながら導入を進められます。

出典・確認範囲
以下はすべて公式資料。2026-09-10に取得し、2026-09-28に取り直して本文を再確認。記事内の業務例は説明用の架空例、導入手順はCAGによる設計上の提案です。eveを使った動作・速度・費用の自社実測は行っていません。
- Vercel「Persistent memory for eve agents」(2026-09-09)。追加機能、会話をまたぐ記憶、スロット、プロバイダー、共有範囲の導入。
- eve「Getting Started」および「eve — durable AI agent framework」。開発基盤としての位置づけ、モデルの設定、Webアプリへの組み込み、対応する窓口。今回は導入ガイドを取得し、製品トップはWeb取得で確認。
- eve「Memory: Overview」。記憶の読み込み、プロバイダーの違い、Scope / Visibility / Memory and session state。
clear()はプロバイダーの保存領域を削除しない。厳密な参加者間の分離には別セッションが必要。 - eve「File Memory」。AIによる保存・削除、項目の識別番号、更新文書の置き換え、上限超過時の拒否、開発環境のプロセス内メモリ、本番の非公開Blob。
- eve「Multi-Tenant Memory」。認証済みの会社・利用者情報から共有範囲を解決、識別できない場合の無効化、独自保存先での検索・読み書きの分離。
- eve「Build a Memory Provider」。独自プロバイダーの契約、保持期間と削除の責任、保存先ごとのルール。
AIの仕組みを、仕事で使う視点から。









