Anthropicが​「Enterprise Frontier Safeguards」を​発表 ──ゼロデータ保持と​誤用監視を​両立させる​仕組みと、​今日できる​こと

Anthropicが2026年9月1日、Enterprise Frontier Safeguards(EFS)を発表しました。監視に使うデータをAnthropicではなく顧客のクラウドに置き、ゼロデータ保持と誤用監視を両立させる仕組みです。ただし提供は今秋からで、暫定措置の条件は発表ページではなくヘルプ記事のほうに書かれています。

甲斐ショウジ甲斐ショウジ
CAG主宰/合同会社ATK CAIO(最高AI責任者)
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技術Anthropicが「Enterprise Frontier Safeguards」を発表 ──ゼロデータ保持と誤用監視を両立させる仕組みと、今日できること

気になるAIの動きを、分かりやすく

2026年9月1日、Anthropicが Enterprise Frontier Safeguards(EFS) を発表しました[1]。ひとことで言えば、「AIに渡したデータを提供元に残さない」と「危ない使われ方を見張る」を同時に成り立たせるための仕組みです。監視に使うデータを、Anthropicではなく顧客自身のクラウドに置くのが要点です。

ただし今日から使えるものではありません。提供は今秋から段階的で、いまは申請して連絡を待つ段階です。そして——発表ページには書かれていない運用条件が、ヘルプ記事のほうに書かれています。暫定措置には用途の限定と期限があり、しかも「データを残さない」設定にしても止まらないものがあります。

この記事で分かること——①EFSは何を変えるのか ②なぜ30日保持が必要だったのか ③銀行のCISOたちが出した4つの問い ④発表ページに無く、ヘルプ記事にある条件 ⑤APIドキュメントに書かれた「今日できる2つ」 ⑥ゼロデータ保持でも外に出る8つの機能。

暗い運用画面に監視フラグの受信箱が映り、手前に顧客側の鍵とストレージが置かれている様子
フラグは届く。ただし、データが置かれる場所と鍵は顧客側にある

01 EFSは、​何を​変えるのか

発表の骨子は3つです。

データの置き場所が変わる。 監視に使う活動データを、顧客自身のクラウドアカウント(Amazon S3・Azure Blob Storage・Google Cloud Storage)に保存できます。暗号鍵もアクセスポリシーも監査ログも顧客側です。

人間のレビューが要らなくなる。 自動の安全監視が一定期間の通信を見て、深刻な誤用の兆候(攻撃的なサイバー能力や生物学的能力の開発、認証情報の盗難や漏えいの兆候)を探します。フラグは顧客に直接届き、Anthropicの社員が中身を見る必要はありません。

費用はかからない。 Anthropicは EFS に課金しません。ただし顧客が自分のクラウドに保存するなら、保存料と読み書き、そしてデータの持ち出し(エグレス)料金はクラウド事業者から請求されます。

項目内容
対応する経路Claude Code/Claude Enterprise/Claude Platform/Amazon Bedrock/Claude Platform on AWS/Google の Agent Platform/Microsoft Foundry(7つ
3つのopt-in顧客所有のストレージ/顧客管理の暗号鍵(CMEK)/完全自動レビュー。それぞれ個別に有効化でき、モデルの挙動・API価格・レート制限は変えない
費用Anthropicは無償。クラウド事業者の保存料・読み書き・エグレスは顧客負担
時期今秋から段階提供、秋の終わりまでに広く提供が目標
開発体制100社超の顧客+AWS・Google Cloud・Microsoft Azure

02 なぜ​「30日保持」が​必要だったのか

そもそもの経緯です。Anthropicは Fable 5 から30日のデータ保持を必須にしました。理由は発表ページに明記されています。

高度な誤用は、1回のやりとりの中では完結しない。多数のタスクに分かれ、複数のセッションと複数のアカウントにまたがる。だから「1件ずつ自動解析して即座に捨てる」やり方では足りず、時間とアカウントをまたいで突き合わせるために、一定期間データを置いておく必要がある——という論理です。あわせて、この方針は企業データで学習したいからではないとも書いています(明示的な許可なく企業データを学習に使ったことはないし、これからもない)。

この「残さないか、見張るか」という緊張は、CAGでも8月に扱いました。OpenAIとAnthropicが同じ理由に到達しながら別の手段を選んだ、という回です。

ゼロデータ保持を解説した記事のサムネイル 関連記事 | この記事の前提になっている回ゼロデータ保持(ZDR)とは何か ──OpenAIが「中身を見ずに不正を見張る」方式を発表、Claudeの30日保持との違いを解説

対象になっているモデルは「Covered Models(対象モデル)」と呼ばれ、ヘルプ記事に一覧があります[2]

モデル指定日提供状況
Claude Fable 5.12026年8月31日一般提供
Claude Mythos 5.12026年8月31日限定提供(承認されたパートナー)
Claude Fable 52026年6月9日一般提供
Claude Mythos 52026年6月9日限定提供(承認されたパートナー)

CAGは9月2日の記事で「Fable 5.1 は30日保持が必須で、ゼロデータ保持では使えない」と書きました。EFSは、その制約に対する答えにあたります。

Claude Fable 5.1 の移行を解説した記事のサムネイル 関連記事 | ZDR契約だと400で止まる話はこちらClaude Fable 5.1 が来た ──乗り換えで止まる3つの変更と、エラーが出ないまま変わる7つの挙動

03 銀行の​CISOたちが出した、​4つの​問い

EFSの設計には ARC(Analysis and Resilience Center for Systemic Risk) という組織が関わっています。米国の大手銀行の最高情報セキュリティ責任者が参加する団体で、発表ページには Goldman Sachs・Morgan Stanley・Citi・Bank of America・Wells Fargo の名前が挙がっています。ほかに Comcast・KPMG・Mastercard・Salesforce・Visa。「Fortune 100の4分の1、米国のグローバルなシステム上重要な銀行のすべて」と書かれています。

ARCの President and CEO である Scott DePasquale 氏の言葉が、この製品がどんな問いに答えようとしたのかを一番はっきり示しています。

われわれのメンバーのうち8社がAnthropicと協働し、システム上重要な銀行の内部で最も能力の高いフロンティアモデルを動かすために何が必要かを定義した——誰がデータを持つのか、誰が鍵を持つのか、自動レビューは何を見られて何を見られないのか、そしてどんな条件でなら人間が見ることを許されるのか。

Scott DePasquale(ARC / President and CEO)発表ページの引用より要旨を翻訳
FOUR QUESTIONS Q1 誰がデータを 持つのか → 顧客のクラウド   アカウント Q2 誰が鍵を 持つのか → 顧客管理の   暗号鍵(CMEK) Q3 自動レビューは 何を見るのか → 一定期間の通信を   深刻な誤用の兆候で Q4 どんな条件で 人が見てよいか → 見るのは顧客側の   担当者 この4つは、そのまま自社の検討リストになる 情シスやセキュリティ部門に諮るとき、答えられるかどうかが分かれ目になる
製品の説明ではなく、導入する側が答えるべき問いとして読む

04 発表ページに​無く、​ヘルプ記事に​ある​条件

ここからが本題です。発表ページは「EFSが整うまで、対象となる顧客は Fable 5 と Fable 5.1 でゼロデータ保持を受けられる」と書いています。良い話に読めます。

ところがヘルプ記事(Covered Models)を開くと、同じ暫定措置に3つの条件が付いています[2]

  • 自社の内部業務アプリケーション向けに限る。 原文は for their own internal business applications。自社の製品に載せて顧客に提供する用途は、この読み方では対象外です。
  • 期間限定。 「限られた期間の措置であり、EFSへの移行を意図したもの」と明記されています。
  • 変更・撤回されうる。 「Anthropicはこの取り決めを変更または撤回することがある。誤用への対応を含む」。

そして、いちばん見落としやすいのがこの一文です。

この取り決めが影響するのは、保存されたデータの保持とレビューだけである。利用ポリシー、リアルタイムの安全分類器、およびAnthropicの執行システムは、すべてのトラフィックに適用され続ける

Anthropic ヘルプセンター「Covered Models」より要旨を翻訳(2026年9月7日に閲覧)

つまり——「ゼロデータ保持にした=何も見られない」ではありません。 残さないのは保存されたデータであって、リアルタイムの判定は動き続けます。ここを取り違えたまま社内に説明すると、後で説明し直すことになります。

もう1点、保持期間の書きぶりも2つの文書で違います。発表ページは「30日」、ヘルプ記事は「最低30日」at least 30 days)で、安全上の調査の対象になっている場合や法的に保持が必要な場合は、それより長くなると書かれています。

05 APIドキュメントは、​今日も​「使えない」と​書いている

もう1枚、別の公式文書を開きます。開発者向けのAPIドキュメント(api-and-data-retention)です。2026年9月7日に読んだ時点で、このページに「Enterprise Frontier Safeguards」という語は1回も出てきません(CAG実測[4])。書かれているのは今日の規則のほうです。

Covered Models はゼロデータ保持では使えず(Anthropicが明示的に認めた場合を除く)、条件を満たさない組織からのリクエストは 400エラーで返ります。メッセージはこうです——In order to access this model, your organization or workspace must have data retention enabled.

ただし同じページには、待たずに今日できることが2つ書かれていました。

① 経路によっては、保持データはもう自社のクラウド環境に留まっている。 原文はこうです——Claude API(Claude Platform on AWS を含む)では Anthropic が保持データを扱う。Amazon Bedrock と Google Cloud の Agent Platform では、保持データは自分のクラウドプロバイダの環境内に留まる。有効化の手順は各プラットフォームのドキュメントを見るように、と書かれています。EFSの「顧客のクラウドに置く」に近い状態が、経路によっては先に成立しているわけです。

WHERE RETAINED DATA SITS TODAY CLAUDE API Claude API 直(Claude Platform on AWS 含む) 保持データを扱うのは Anthropic BEDROCK / GOOGLE AGENT PLATFORM Amazon Bedrock / Google Cloud の Agent Platform 保持データが留まるのは 自分のクラウドプロバイダの環境内 EFSを待たなくても、経路を選べば「置き場所」は今日から変えられる ※ 有効化の手順は各プラットフォームのドキュメント側にある、と書かれている
同じモデルでも、どこ経由で呼ぶかで保持データの置き場所が変わる

② ゼロデータ保持の組織は、ワークスペース単位で例外を作れる。 Claude Console の Settings > Workspaces で対象のワークスペースを選び、Privacy controls タブを開いて30日保持をオンにする。そのワークスペースだけ Covered Models が使えるようになり、組織の他のワークスペースはゼロデータ保持のままです。

ワークスペースのプライバシー設定画面で30日データ保持のトグルだけがオンになっている様子
組織全体を切り替えず、必要なワークスペースだけ例外にする
文書Enterprise Frontier Safeguards今日の運用暫定ZDRの条件
発表ページ(ニュース)中心的に説明触れていない「対象となる顧客が受けられる」まで
ヘルプ記事(Covered Models)節を設けて説明30日保持・最低30日内部業務用・期間限定・撤回あり
APIドキュメント記載なし(0回)ZDR不可・400が返る「明示的に認めた場合を除く」

06 ゼロデータ保持でも​「外に​出る」​8つの機能

同じAPIドキュメントに載っていて、あまり話題になっていない事実があります。

このページには機能ごとのZDR適合性の表があり、2026年9月7日時点で 35行ありました。数えると——ZDR適合が25件、条件付き適合が2件、そして「不適合」が8件です(CAG実測[4])。

ZDR ELIGIBILITY — 35 FEATURES 適合 25 条件付き 2 不適合 8 不適合の8つ Agent skills / Batch processing / Claude Managed Agents / Code execution Files API / MCP connector / MCP tunnels / Programmatic tool calling HIPAAは400で止める。ZDRは止めない 使った時点で、そのデータについて取り決めの外に出る選択をしたことになる
止めてくれる仕組みと、止めずに範囲外になる仕組みが同じ表に並んでいる

不適合の8つは、いま企業が使い始めている機能そのものです。Agent skillsBatch processingClaude Managed AgentsCode executionFiles APIMCP connectorMCP tunnelsProgrammatic tool calling

重要なのは、この8つを使ってもAPIは止めてくれないことです。ドキュメントはこう書いています——HIPAA対応では「不適合」の機能を含むリクエストを400エラーでブロックする。一方ゼロデータ保持では、APIはこれらの機能をブロックしない。使うということは、そのデータについてゼロデータ保持の取り決めの外に出る選択をしたということであり、その機能自身の保持ポリシーが適用される。

左は赤信号のゲートで止められ、右は開いたままのゲートを素通りする様子を対比した図
片方は止まる。もう片方は止まらないまま、範囲だけが変わる

止めてくれる仕組み(HIPAA)と、止めずに黙って範囲外になる仕組み(ZDR)が、同じ表の中に並んでいます。ゼロデータ保持を契約していても、エージェント機能を1つ足した時点で、その分のデータは対象外になりうる——EFSが来ても、この非対称は別の話として残ります。

07 まとめ

論点発表で言われていること一次資料まで見ると
いつ使えるか「今秋から段階的に」今日は使えない。申請して連絡を待つ段階
暫定のZDR「対象となる顧客が受けられる」自社の内部業務用に限る・期間限定・撤回されうる(ヘルプ記事)
保持期間30日最低30日。調査対象や法的要請があれば延びる
ZDRにすれば見られないのか保存データの保持とレビューだけの話。リアルタイムの分類器と執行は全トラフィックに適用され続ける
待たずにできることBedrock / Google Agent Platform 経由なら保持データは自社のクラウド環境に留まるワークスペース単位で30日保持をONにして他はZDRのまま
機能を使うとZDR不適合の機能が8つ。APIは止めず、その分だけ範囲外になる

自社で確認するなら、ARCの4つの問いをそのまま使うのが早いです。誰がデータを持つか。誰が鍵を持つか。自動レビューは何を見られて何を見られないか。どんな条件でなら人間が見てよいか。 この4つに自社の言葉で答えられれば、AIの導入判断はかなり進みます。

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出典・注記

  1. Anthropic「Developing Enterprise Frontier Safeguards with our customers」(2026年9月1日)。anthropic.com/news/enterprise-frontier-safeguards
  2. Anthropic ヘルプセンター「Covered Models」(2026年9月7日に閲覧)。Covered Models の一覧と指定日、暫定ZDRの条件、リアルタイム分類器に関する記述。support.claude.com/en/articles/15425695
  3. Anthropic 開発者向けドキュメント「API and data retention」(2026年9月7日に閲覧)。400エラーの文言、Bedrock / Google Agent Platform の保持先、ワークスペース単位の設定、機能別のZDR適合表。platform.claude.com/docs/en/manage-claude/api-and-data-retention
  4. CAG実測:3の機能適合表を機械的に数えた(35行/ZDR適合25・条件付き2・不適合8)。および3のページ内の「Enterprise Frontier Safeguards」出現回数(0回)。いずれも2026年9月7日時点で、内容は更新されます。
  5. 引用は原文からの要旨訳です。法的な解釈を示すものではなく、契約条件は自社の合意内容が優先します。EFSは未提供で、条件は今後変わりうるものとして扱ってください。

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